学会設立15年の節目に有病者について改めて考える
日本有病者歯科医療学会
理事長 白川正順
21世紀を境に, 社会環境はめまぐるしく変化している. 医科, 歯科界においては人口構造の大きな移り変わりに伴い疾病構造や医療環境が複雑化し特に,
歯科界を取り巻く環境は一陽来復の兆しも見 えない逆境のさなかにある.
さて超高齢化は国際的な拡がりを見せているが, 特にわが国は最長寿国の筆頭にランクされ文化国家として仲間入りはしたものの,
国の経済はいよいよ危うい局面を迎えている. 厚労省の試算どおり, 65歳以上高齢者の人口割合が4分の1に達することも現実のものになってしまった.「日本有病者歯科医療学会」の設立趣旨はいうまでもなく,
高齢化にともない増加する有病者の歯科的対応 を学際的に研究, 議論する場が必要, とされたからである. 本学会が設立された平成初期(平成3年4月27日・初代
園山 昇 理事長)にあっては高齢化時代, 皆有病者時代の到来の 予測はあっても, 実感に乏しかった. その後は加速度を増し, 基礎疾患保有患者や在宅介護患者の占有率が増加し,
歯科の日常臨床はますます複雑で危険にさらされた環境にある.
元来, 歯科の治療は局所麻酔や抜歯あるいは通常の歯科治療など, どれをとっても循環, 血圧変動が生じやすく, いつ全身的トラブルが生じても不思議はない.
ここで有病者の定義について考えてみたい. 欧米では「Dentistry for medically
Compromised Patient」つまり「歯科治療において全身的になんらかの配慮を必要とする患者」と解釈される. そのため,
有病者の呼称は, 本来「いわゆる有病者」と表現すべき である. 設立当初,「日本有病者歯科医療学会」の呼称は適切ではない, という意見があった.
例をあげると「有病者の先生が結成した学会のように誤解されるし, 差別 用語に近い名称である」, あるいは「歯科疾患は有病ではないのか,
歯科を無視している」など, この呼称が適切か否かの議論は過熱状態にあった. ここで, 有病者の 概念について諸賢の意見を纏めてみたい.
鼻の疾患や眼の疾患または皮膚疾患など, 局所に限られた疾患を持った患者さんについては厳密には有病者とはいえない. したがって,
言うまでもなく歯科疾患患者も同様である. しかし, 眼疾患でも糖尿病 性網膜症などは全身疾患から継発したものなので, 眼の疾患といえども当然有病者にほかならない.
つまり, 有病者とは歯科にかかわらず, 耳鼻科, 眼科, 整形外科など 内科等に対診を求める医師サイドからみた共通の呼称であると解釈するのが妥当と考えられるし,
誰もがおぼろげながらイメージしている. そのため, これ以上の呼称はな いと常々考えている.
賛否両論あったが適切呼称は他に見つからなかった, というのが実情であったが, 今でもこの議論が消えたわけではない.
しかし, この議論を尻目に最近では, 有病者という呼称は思いのほか浸透し,「有病者の歯科診療(医療)」といえば, 誰もが理解し,
誰もが抵抗なく表現する ようになった. この呼称は文字数が少なく, 慣用的表現法として, イメージがつかみやすいためでしょうね,
と前内田安信理事長は仰っていたが, 今では厚生労働省でさえもレポートの随所に有病者という名称を用いており, 社会的認知度が高まってきたことを物語っている.
今まさに歯科界は医科との連携を強化し, 歯科受診患者の全人的見方や有病者に対する対処の方法あるいは医学的知識を修得する絶好の機会を与えられている.
とくに, 一般歯科臨床医にとっては医学を ベースにした有病者歯科医療実地の積極的習得などが得やすい環境下にある. というのは,
救急救命(BLS, ICLS)研修など本来歯科医師として当然取得しているべき知識 , 技能を, 医科と机をならべて受講できるからである.
歯科医の知識, 技能向上を熟成させ, 医療人として社会参画するための絶好のチャンスともいえる. 一般に, 国 民の見方は歯科治療が全身的配慮とまったく関係していないという認識である.
国民の間に嚥下や呼吸機能などと同様, 歯科医療が全身とのかかわりを有することについて認識が広がることが望ましい.
以上の点から本学会でも学術教育研修の一環として, 救急救命(BLS, ICLS)の研修会を日本ACLS協会との共催によりAHA
Japan ITO BLS for Health Provider Courseを開催することになっている. 今後は, 特に一般歯科臨床医施設における安全歯科医療の推進を図るため,
有病者安全歯科医療ガイドラインの作成が急務であり, 現在, 見崎 徹 安全管理医療推進委員長を中心に検討しているところでもある.
本学会がテーマとする課題の多くは医科歯科連携のもとに行われる診療分野, 領域といえ, 全人的視野に立って医・歯学総合的に患者を診る必要があり,
理解ある一般医科の参画が特に重要といえる. そのためには, 医科, 歯科相互発信によるガイドラインを検討していくことも視野に入れる必要がある.
調査委員会で抗血栓療法患者についての見解をまとめるため, 全国アンケート調査をして頂いた. これらの資料をたたき台にして, 来年(平成19年3月)開催される第16回本学会総会(東京女子医大・扇内秀樹教授)において扇内会長は,
抗血栓療法に関する医科・歯科専 門家によるシンポジュウムを企画している. このシンポジュウムを基盤として抗血栓療法のガイドライン作成に意欲を示されており,
医科と歯科とが一丸となって実質的な連携が実現することは, 喜ばしい限りである.
本学会は満15歳を迎えた. 本学会の存在意義は, 高齢社会, 皆有病者時代を反映させて十分認められるところであるが,
学会をより発展させるためには, 学会の内部充実を図り, 民主的運営の推進, 社会や歯科界の環境変化を把握し, つぶさにこれに対応することが重要である.
同時に機関誌の内容を高めるとともに号数を増やし, 学会としての学際的実績をあげ, 日本歯科医学会への加入についても, 早い時期に実現させなければならない.
その歩みは必ずしもテンポが速くはないが, 前進していることは間違いない. 今後も,
着実な一歩, 一歩を心がけていきたいものである.
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